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南海高野ほっと・ねっと

真田・九度山ガイド 〜南海電鉄で紀州九度山へいざ出陣!!〜

NANKAI 南海電鉄

九度山ってどんなところ?

九度山町(くどやまちょう)は、和歌山県北部の世界遺産高野山の麓(ふもと)にある町です。戦国武将で有名な「真田幸村」が関ヶ原の戦いに敗れた後、徳川家康に謹慎を命じられ、一生で一番長く隠れ住んだと云われる郷です。現在、その屋敷跡には「真田庵」と呼ばれる寺院があります。
また、優れた品質のブランド柿である「富有柿」の産地としても有名で、秋の収穫祭には各地から多くの方が訪れます。高野山への参詣道である「町石道」もここ九度山から始まります。真田幸村ゆかりの地、九度山へいざ参りましょう!

戦国時代の武将・真田幸村とは

戦国時代の武将として、現在も絶大な人気を誇る真田幸村(信繁)は、1567年に信濃国(長野県)の真田昌幸の次男として生まれ、父譲りの軍才を若くから発揮します。
そして、1600年の関ヶ原の戦いでは、父・昌幸と幸村は西軍に、兄・信幸は東軍につくことになりますが、結果は東軍が勝利したため、西軍についた昌幸と幸村は徳川家康から高野山での謹慎処分を受けます。しかしながら、高野山があまりにも寒かったため、高野山の麓にある九度山へと移り住み、大坂冬の陣までの14年間再起の時を待ちます。
やがて、豊臣と徳川の関係が悪化すると、幸村は徳川を滅ぼすため九度山を出立して、大坂城に入城します。大坂冬の陣が開戦した折には、「真田丸」と呼ばれる堅固な出城を築き、徳川の大軍を苦戦させました。また大坂夏の陣でも、家康に死を覚悟させるほどの勢いで家康の本陣に攻め込む活躍を見せ、その武名を天下にしらしめました。
後に、幸村は徳川軍から「日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)」と称賛され、今もなお幸村の武勇伝は、後世に語り継がれています。

真田幸村像

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ニュース&トピックス

2016年12月2日
今週の応募川柳」を更新しました。
なお、「真田・戦う びんぼー川柳」の募集は11月30日で締切りました。たくさんのご応募ありがとうございました。選考結果は当サイト上にて12月中旬頃に発表する予定です。
2016年10月11日
10月12日より「真田・戦う びんぼー川柳」を募集します!みなさんの明るいびんぼー生活を川柳にしてぜひご応募ください!
2016年9月30日
将星☆真田幸村花火大会(10月10日(月・祝))の開催に伴い、運転区間の延長及び臨時列車を運転いたします。
2016年9月30日
イベント・お知らせに「真田幸村モバイルスタンプラリーin九度山2016」を追加しました。